弁護士 中村文則

弁護士 中村 文則

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経歴

1993年
東京弁護士会登録 会員番号23232
同年より当事務所に所属

取扱事件の例

一般民事(不動産・各種債権回収・借地借家・交通事故)、一般家事(離婚・DV・相続)、知的財産権(特許権・著作権・商標権・意匠権)、不正取引に関する事件(不正競争行為・不公正な取引方法・下請代金不払い)、倒産事件(破産・民事再生・会社更生・私的整理)、租税事件、商事事件、金融商品取引被害
一般刑事事件(被疑者弁護、被告人弁護、被害者参加手続き)、少年事件(少年被疑事件、少年保護事件)

弁護士業務についての私の思い

世の中には、人の無知につけこんで儲ける人がいる一方で、知識がないばかりに損をする人もいます。法律の仕組みは広大かつ複雑で、相互に緊張関係に立ったり、同じ法律が数次の改正で分かりにくくなることがあります。新法は次々に生まれ、現行の法律の総数は1000を超えて増え続けています。その網を解くのは容易なことではなく、専門家の助けが必要です。また、一つの紛争にはいくつもの法律関係が複合しています。そのすべての法律関係に9割の水準で対応できるワンストップ弁護士を目指しています。
私たちは弁護士になるために国の教育訓練を受けています。国民の負担で私たちは司法の任務を付託されているのです。ですから、法律相談という形で、法律の基礎的な知識を提供することは国民に対する還元であると私は考えます。その上で紛争解決のために弁護士を雇う必要があるかどうかを、相談を受けた方が判断してもらうような仕組みを私は用意いたしております。

趣味

山が好きです。山と仕事と人生は恒等式であると思っています。

コラム

自衛戦争論を考える―核抑止(戦争と平和その3)
次に核戦争時代の自衛について考える。
核弾頭を乗せたミサイルを多数配置している国から自国を防衛するにはどうしたらよいか。米国の核独占が崩れてから、先進国は戦略の練り直しを迫られてきた。答えは、「倍返し」による核抑止である。敵の核先制攻撃を防ぐことはできないが、強力な核反撃で敵に第2撃を不可能にさせるほどの打撃を与える能力をもつならば、敵の先制攻撃への誘惑を抑止することができる。核反撃の能力を温存するために、潜水艦や航空機などの探知されにくい運搬手段を用意する。これが戦後、米国やソ連などの軍事大国がとってきた戦略である。
しかし、対立国はお互いにこの戦略をとるから、核武装がどんどん拡大するし、敵の攻撃を無力化するための技術の開発にも力を入れる。これらはとてもお金のかかることである。負担するのは各国の国民である。
財布の中にある1万円からいくら軍事費に払うことを我慢するかは、人によって異なる。民主国家においては、最終的に選挙で示される国民の多数による意思形成によって決まる。時代によって、国によって、5000円引かれても文句を言わないこともあれば、100円でも断るということもある。だが核兵器だけでは生活できないので財布にはいくらか残っていなければならない。出せるお金には限度がある。したがって、国も好き放題に核兵器を作れるわけではない。ある程度のところで妥協しなければならない。つまり、倍返し抑止力戦略はお互いに完成することができないのだ。
限度には限界効用逓減の法則から来るものもある。最初の核兵器は抑止力にうんと役立つが101発目の核兵器はそうでもない、と国民は考えるかもしれない。そうなったら101発目の核兵器の代金を国民は払おうとしない。
今日本の周辺では、領土領海紛争が存在する。侵犯する者は武力で追い払えという人がいる。戦争を恐れるな、というのだ。また、核兵器開発に余念がない隣国がいて時折日本の方角にむけて試しのミサイルが飛んでくるが、危ないから軍事的に何とかしろ、という人もいるかも知れない。では聞こう。核兵器を持つ国と戦争すると核兵器を使われるのでこちらも核武装しなければならない。いくらお金がかかるか計算したのか。スーパーの買い物で1円にしのぎをけずっている今の日本人の財布の中に余っているお金はないのだ。では、どう解決するか。戦争ではない方法でだ。それを考えるのが政治家の仕事だが、相手国の要人と仲良くなるのはその気持ちさえあれば案外簡単なことかも知れない。費用が格安なことは言うまでもない。
さらにダメ押しを言おう。敵の先制核攻撃を防ぐことはできない。ミサイル防衛システムが開発されても、100発撃たれたらお手上げだ。飛んでくるのは核弾頭なのだ。広島や長崎に落とされたものの何千倍も強力なものだ。1発落ちただけで周辺何百キロの町は全滅するのだ。何が自衛だ。一人残れば勝ったことになるのか。その他の何千万人もの人の命は犠牲としては大きすぎないか。それどころか、人類そのものが滅亡してしまうかも知れない。どんな結果となるにせよ、自衛の名で正当化できる範囲をはるかに超えている。